1995年11月12日

 久しぶりに観た映画が以前は面白いと感じたのに、今回はつまらなく感じたという思いをしたことが、多かれ少なかれみなさんもあるはずだ。もちろんそれは自分が以前の自分と同じでないから生じるわけだ。ある映画をどう感じるかは、そのときのその人の環境や状況によって変わってくる。
 環境や状況とは、年齢であり、気分であり、一緒に観た相手であり、映画館の雰囲気など諸々のことである。しかし環境や状況が変わっても、やっぱりこの映画はいいな~、という作品はあるものだ。僕はそれを名作と呼ぶ。ただし、繰り返し観なくても名作といえる作品は多々あることはいうまでもない。
 そこで今回は、僕が名作と呼んでいる作品を取り上げる。それらの作品はジャンルでいうと、生と死、とでもいえばいいのだろうか。「ミッシング」「ジョイ・ラック・クラブ」「マイ・ライフ」「ホールド・オン・ミー」等などとあるのだが、特にこの作品が気に入っている。 

 1975年、ミロス・フォアマン監督、ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー主演の

 

カッコーの巣の上で

<One Flew Over The Cuckoo's Nest>

 

だ。この映画は人間の尊厳とは、生きることとは、そして真の自由とは何かを問いかけてくる。
 

 ストーリーは、刑務所での強制労働が嫌で、精神病患者を装って精神病院に入り込んだジャック・ニコルソンが、ルイーズ・フレッチャー演じる看護婦長に管理される無気力な患者達に、再び人間としての尊厳を取り戻させる、というものだ。
 婦長は患者達に"静"<束縛>を要求し(患者達の自由を奪うことで院内での管理を容易くするため)、一方、ニコルソンは"動"<尊厳の根幹でもある自由>を求める。自由を求める彼は、院内で次々に問題を起こしていく。しかし、そんな彼の行動が無気力だった患者達の表情を少しずつ変えさせていく。そして結末では、彼らひとりひとりの人間らしい表情がカットバックされていく。
 ニコルソンは、転院させられて早々患者たちと賭けをする。大理石でできた公園にあるような水飲みを持ち上げるというものだった。もちろんできるはずがなかった。ニコルソンはいう。―お前たちはやりもしないで最初から諦めている、付き合っていられねぇよ―。このことをきっかけにしてニコルソンは徐々に皆の信頼を得ていく。患者の一人にインディアンでチーフという大男がいる。今まで婦長を含めて、彼は口がきけないものと思っていた。しかし彼はニコルソンにだけ初めて口をきいたのだった。彼はいう、―お前は私の父親より大きい、だから口をきいた―。 婦長はこんなニコルソンを好ましく思わなかった。
 ある日ニコルソンは病院のバスに患者たちを乗せて、勝手に遠出してしまう。帰ってくるとニコルソンは婦長から"罰"を受ける。頭に電極を装着され電流を流されるというものだった。しかしニコルソンは無事に病棟へ戻ってくるのだが、やがて運命の日がやってくる。
 ニコルソンは病院の生活にいい加減飽きて来ていた。そして、患者たちを連れて脱走することを企てたが、結果は失敗してしまう。再度、"罰"が待っていた。が、今度は無事に戻ることができなかった。尊厳を奪われてしまう。自由奔放なニコルソンを一番理解していたチーフが彼の為に選んだことは、ものいわず表情もない彼の顔に、そっとクッションを暫くの間押し付けることだった。
 チーフは再びニコルソンに尊厳と自由を与えたのだった。そして今度は、チーフが自分自身の尊厳と自由を得る為に行動を起こす。満身の力を込めて大理石の水飲みを持ち上げようとする。それを見守る皆の顔が次々と映し出される。ついにチーフはその水飲みをもぎ取ってしまう。そしてそれをゆっくりと頭の上まで持ち上げて、金網の張られている窓に向かって投げ付ける。
 窓は自由と尊厳の窓へと変わる。ニコルソンの意志を継ぐかのように、チーフは朝日に向かって走り去って行く。その後ろ姿を皆が歓喜の表情で追っていく。
 

 これまでさまざまな作品の中で、登場人物たちの喜怒哀楽の表情を観てきたが、この作品のラスト数分に映し出された登場人物たちの表情ほど、僕の印象に残っているものはない。大げさに解釈をすれば、患者たちそれぞれの人生への喜怒哀楽が、スクリーンに凝縮されていたようにも思えた。この作品は、僕にそんなことを感じさせてくれた珠玉の名作だった。ちなみに、この作品は1975年、第11回アカデミー賞で、作品賞、主演男優賞、主演女優賞などを受賞している。それにしても、主演のルイーズ・フレッチャー演じる婦長は、本当に憎らしかった。まあ、それほど迫真の演技だったわけで、主演女優賞を受賞したのもうなずける。

 原題の「One Flew Over The Cuckoo's Nest」にあるCuckooだが、隠語で精神病を意味するもので、cuckoo's nestとなると、それは精神病院の蔑称になる。また、このタイトルはマザーグースにの一節からとられているようだ。

  Vintery, mintery, cutery, corn


  Vintery, mintery, cutery, corn,
  Apple seed and apple thorn;
  Wire, briar, limber lock,
  Three geese in a flock.
  One flew east,
  And one flew west,
  And one flew over the cuckoo's nest.

 

 

 葡萄に ミントに お菓子に コーン (壺齋散人訳)

  りんごの種に りんごのギザギザ
  ワイヤー ブライヤー ふさふさの毛
  ガチョウが三羽いましたとさ
  一羽は東に飛んでった
  一羽は西に飛んでった
  もう一羽はカッコウの巣の上に
                  
 カッコ―の鳥物語ではないのでご注意を。