1996年8月28日

 最近ある雑誌で淀川長治氏は、最近のアメリカ映画はテクニックに走り過ぎる傾向があるといっていた。氏がいっているテクニックとは、息をつかせぬ激しいアクションであり、SFXあるいはCGを駆使した美しい映像や、誰も見たことのない過去及び未来の世界の想像画をもっともらしく表現し、見事に再現させてしまうことができるような、最先端の技術のことだった。
 確かに、最近のヒット作をみると、大掛かりなセットや最新技術を使ったものが増えてきている。もちろん氏はその手法が悪いといっているのではない。ただ、作り手と見る側がもっとドラマの本質を勉強しなくてはいけませんよ、といっているのだ。
 考えてみると、質の高いドラマというのは、人に様々な思考力を養わせ、その人にたいして反面教師であったりもする。従って良質のドラマを観るということは、いつの日か必ずや、その人の人生に何らかの影響を及ぼすはずなのだ。
 
 たまたま、今朝の朝刊で脚本家の橋本忍氏(78歳)が紹介されていた。
 氏は黒沢監督作品では「羅生門」「七人の侍」「生きる」等8本の脚本を手掛け、その他にも「砂の器」「八甲田山」等映画脚本だけでも約70本を書いてきたという大ベテランだ。
 氏がこの記事の中で次のようにいっていた。                         
―映像はこれから第二黄金期に入る。機械にはまねのできないシナリオライターの役割は大きいですよ―。
 更にもうひとこと。
―どれだけ字を書く職人に徹することができるか。それしかないんじゃないかな―。
 奇しくも二人は同じようなことを考えていたのだった。僕は映画で生計を立てているわけではないが、この二人の記事にを思わず相槌を打っていた。
 
 そこで今回は、上記で述べたようなテクニックを取らない作品、つまり派手さはないが、きちんとドラマしていると思う1980年代の作品を取り上げていくことにする。

ウインター・ピープル
この作品は厳寒のノース・カロライナに生きる大家族の愛と規律を、一人の男と女を通して描いた秀作だ。ケリー・マクギリス演じる芯の強い女性コリーに僕は魅せられた。そして忘れかけていた強い意志を持ち行動を起こすことの大切さを再度思い出すことができた。
バウンティフルへの旅
息子夫婦とうまくいかず、嫁と喧嘩の日々を送る老婦人は、故郷のバウンティフルへ旅に出、その途中で様々な人々と出会う。全体として、ゆっくりと時が流れていくような感じを受ける優しさに包まれた作品だった。旅行ではなく旅であるところが素敵なのだ。
忍冬<すいかずら>の花のように
カントリー・シンガー、W・ネルソンが西部の町を巡業するという作品で、W・ネルソンの人間味溢れる言動に人の原点を見た気がした。
晩秋
家族、そして親と子をテーマにした作品。ジャック・レモン扮する父親の苦悩と優しさの描写は実にリアルに感じられた。
ニュー・シネマ・パラダイス
映画館パラダイスを舞台に、映画少年から青年へと成長するサルバトーレと映写技師アルフレードとの、映画を通した生涯に渡っての固い絆と友情を、ノスタルジックに描いた作品で、エンディングの一コマ一コマのシーンでは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の映画に対する思いが痛いほど伝わってきた。
ナチュラル」ある事件で球界デビューが35歳と遅れてしまったロイ。事件が元で体に負ったハンデにも負けずがんばるロイの姿を真摯に描いた好感の持てる作品だった。ロバート・レッドフォードはこういう役が憎らしいくらいぴったりはまる俳優だ。
フィールド・オブ・ドリームス
文明とともに荒廃していく人間の心。しかし人間として本当に素直な気持ちになれたとき、その純粋さが、時には奇跡さえも起こすのだ。バート・ランカスターが線を越えるシーンもよかったが、ラストで夜の闇を光の数珠に変えた車のヘッドライトが球場にむかってくるシーンは更に感動的だった。
黄昏
老夫婦と娘一家の心のふれあいが静かに丁寧に描かれた作品。アカデミー協会はヘンリー・フォンダに主演男優賞を授与するという粋な計らいをした。ジェーン・フォンダもこの父親の受賞はさぞ嬉しかったことだろうし、父親の最後の作品に共演できたことはもっと嬉しかったのではないだろうか。
ロング・ウェイ・ホーム
3兄弟の離れ離れになった16年間の長くて辛い道のりを、実話をもとに描いた作品だった。再開できることを信じ生きてきた3人の姿に勇気づけられ、同時に肉親に対する思いの深さも感じさせられた。

 人生の岐路に差しかかったとき、このような良質の教科書を参考にするのも一つの手かも知れない。ただし、いうまでもなく、あくまでも参考書であって、やはり最後に答えを導くのは自分自身であるのだが。