2010年3月14日

 

「セイビング・ジェシカ・リンチ」

<SAVING JESSICA LYNCH>

2003/アメリカ 

主演:ピーター・マークル

 

を観て、講談社文庫から出版されている「ドキュメント 戦争広告代理店~情報操作とボスニア紛争~」(高木徹著)を読んだことを思い出した。双方に共通するキーワードは、プロパガンダだ。
 
「セイビング・ジェシカ・リンチ」は実話に基づいている。

 2003年3月、アメリカ軍がイラクへ侵攻しイラク戦争が勃発する。19歳のアメリカ女性兵士ジェシカ・リンチはアメリカ陸軍需品科の第507整備補給中隊に所属中、南部ナシリヤ市近郊で任務中にイラク民兵の待伏せにあい、11名の戦友が命を落とす中、重傷を負いながらも他5名のアメリカ軍兵士と共に捕虜となる。後に、アメリカ海兵隊・アメリカ陸軍レンジャー部隊による共同捕虜救出作戦により、イラク民兵司令部と化していた病院より救出される。
 彼女の救出時の映像はアメリカを始め、全世界のニュース番組で放映された。その後「ニューズウィーク」「ピープル」などの表紙を飾り、彼女はアメリカ軍の戦意高揚に貢献し、戦争支持者に勢いを与えることになった。
 しかし彼女が時の人となって以降、この救出劇はどこまで本当なのか、という議論が沸き起こる。救出部隊が突入した病院には、イラクの民兵組織「フェダーイーン・サッダーム」がいなかったこと、イラク兵からの取調べの際に殴打などの暴力を受けたとの証言への信憑性、イラク人の病院職員の証言やジェシカの不自然な記憶喪失など、いくつかの点が議論を巻き起こした理由のようだ。ちなみに、救出劇から約5ヵ月後、彼女は除隊している。
 救出後の取材では、イラク側が負傷したジェシカを病院に搬送し傷の手当てを行っていたこと、イラク人の看護婦がジェシカに付き添って看護していたことが判明している。
2003年5月に放送されたBBCのドキュメンタリー番組「War Spin」が、このできごとは演出された戦時プロパガンダであると報じたが、国防総省はこれを否定している。

 

「ドキュメント 戦争広告代理店~情報操作とボスニア紛争~」は、講談社BOOK倶楽部で、次のように紹介されている。

【情報を制する国が勝つとはどういうことか。世界中に衝撃を与え、セルビア非難に向かわせた「民族浄化」報道は、実はアメリカの凄腕PRマンの情報操作によるものだった。国際世論をつくり、誘導する情報戦の実態を圧倒的迫力で描き、講談社ノンフィクション賞・新潮ドキュメント賞をW受賞した傑作】
 著者はNHKのディレクターで、NHKスペシャル『民族浄化』の内容を本にしたようだ。
 著書の序章「勝利の果実」には、次のような記述がある。

【人々の血が流される戦いが「実」の戦いとすれば、ここで描かれる戦いは「虚」の戦いである。「情報の国際化」という巨大なうねりの中で「PR」=「虚」の影響力は拡大する一方であり、その果実を得ることができる勝者と、多くを失うことになる敗者が毎日生み出されている。今、この瞬間も、国際紛争はもちろん、各国の政治の舞台で、あるいはビジネスの戦場で、その勝敗を左右する「陰の仕掛け人たち」が暗躍しているのだ】

 この作品では、ボスニアが自国の正当性をプロのPR屋を雇い、いかに世界に訴えかけていったかが臨場感豊かに描かれていた。結果としては、PRを重視しなかったセルビアが世界の悪者になった。ミロシェビッチはもちろん悪いのだが、セルビアがここまで悪玉として見なされてしまったのは、ボスニアが雇ったプロによるPR戦略家たちの手腕があったからこそ、ということができる。
 報道に触れる際、そこには虚があるという認識を持つ必要があるだろう。「セイビング・ジェシカ・リンチ」と「ドキュメント 戦争広告代理店~情報操作とボスニア紛争~」の両作品が、そのことを物語っている。