2004年5月9日

今回は前回の刑務所と似たような収容所をテーマにする。
 前回と違う最大の点は、刑務所への収監は本人の悪行によるもののため自業自得だが、収容所への搬送は戦争にはつきものではるが、ある意味では覚悟をしているとは言え、本人の意思を超えた不可抗力、といえるところではないか。
 今回、僕のこれまで観た作品群から評価が○のものを拾ってみると、このテーマの作品は思ったより数が少なかった。ただ、その反面本数が少ないにも関わらず◎の作品が3本あった。いつ殺されてもおかしくない、極限状態で繰り広げられる濃密な個々人の人間模様が描かれていたからこそ、僕は評価として◎をつけた。
 今回取りあげる作品は、第二次世界大戦下におけるアウシュビッツ、そして連合国軍兵士たちが捕らえられた収容所だ。そこに登場するのは、劣悪な絶望的環境下でも必死に生き、希望を捨てないすばらしい人間の不屈の魂の物語だ。
 

 まずは、アウシュビッツを舞台にした作品だ。ちなみにこれらの作品の評価はすべて◎だった。

 

実話を元にしている

 

生きるために」<TRIUMPH OF THE SPIRIT>

1989/アメリカ 

監督:ロバート・M・ヤング 

主演:ウィレム・デフォー

この作品は実話である。囚われたバチカン市国のミドル級チャンピオンである主人公は、アウシュビッツで生き延びるために生死をかけてボクシングの試合に臨む。そのボクシングの試合は、ドイツ将校たちの賭けの場だった。将校たちの欲望のために、主人公は屈辱的な思いをさせられながら、毎回試合に臨む。そして・・・

 

主人公のヴァネッサ・レッドグレーヴが本当に頭を剃り役作りに没頭した

 

ファニア歌いなさい」<PLAYING FOR TIME>

1980/アメリカ 

監督:ダニエル・マン 

主演:ヴァネッサ・レッドグレーヴ)

父がユダヤ人のため人気歌手のファニアはアウシュビッツへ送られる。日々の生活は絶望的であったが、彼女は囚人で構成された楽団へ入る事を認められる。そこで才能を発揮し楽団のレベルを上げていくこと、そして何よりも自分のために歌うことでファニア自身が生きる力を見出していく。アウシュビッツの生存者、ファニア・フェネロンの手記を基に制作された。

 

 そして、多くの観客が涙したであろう

 

ライフ・イズ・ビューティフル」<LA VITA E BELLA>

1998/イタリア 

監督:ロベルト・ベニーニ 

主演:ロベルト・ベニーニ

ユダヤ系イタリア人のため、両親とまだ子供の息子は収容所に送られる。父親は息子を安心させ生きる希望を与えるために、収容所の生活がゲームだと教える。しかし、父親の命がけのゲームも終わるときが来る>に共通するキーワードは、「希望」だ。この希望がなくてはやはり生き抜くことは辛くて難しい。その希望がどんなに小さくてもやがて大きなものとなり、ついにはその希望が、希望を実現させるために自身を突き動かす原動力となる。

 

戦時下の収容所における連合軍兵士たちを描いた作品では、

 

大脱走」<THE GREAT ESCAPE>

1963/アメリカ 

監督:ジョンタージェス 

主演:スティーヴ・マックィーン

この作品は実際に大脱走のメンバーだったブリックヒルの原作を基に制作されている。第二次大戦中のドイツで脱走不可能と言われていた捕虜収容所から、連合軍兵士76名が様々な手段を使って脱走を試みる、なんとも爽快でアイデア抜群の娯楽作品だった。

 

 

勝利への脱出」<ESCAPE TO VICTORY>

1980/アメリカ 

監督:ジョン・ヒューストン 

主演:シルベスター・スタローン

1943年、ナチス占領下のパリの連合軍捕虜収容所でドイツ軍対捕虜選抜チームのサッカー・ゲームが決まった。レジスタンスはこれを利用し捕虜たちの集団脱走を企てる。戦時下で憎しみあう敵対関係でありながらも、相手の見事なプレーに思わず拍手を送ってしまうドイツ軍将校の姿は、戦争そのものの無意味さをよく現していた。

そして

 

ジャスティス」<HART'S WAR>

2002/アメリカ 

監督:グレゴリー・ホブリット 

主演:ブルース・ウィリス

1944年、第二次世界大戦下のドイツ。かつてはロースクールの学生だった中尉トミーはドイツ軍に捕まり、連合国軍捕虜が囚われている捕虜収容所に送られる。その収容所内で人種差別主義者として知られていたアメリカ人捕虜の死体が発見され、一人の黒人アメリカ兵に殺人容疑がかけられる。トミーが彼を弁護することになるのだが、そこで浮かんできたのがマクナマラ大佐だった。そして真実は・・・

 

が評価○の作品だった。

 

 前者2作品は囚われた捕虜たちを描いてはいるが、観客を楽しませようとする娯楽的要素が強かった。「ジャスティス」については、法廷劇のような推理タッチで緊張感を持たせる手法が後半まで採られていたが、最後は戦争捕虜たちが置かれている現状の厳しさをしっかりと描いている。


 最近、イラク占領アメリカ軍による収容所内でのイラク人捕虜虐待の画像が問題になっている。2004年の今、この時代にまだこんなことが起こっている。このようなニュースを見るたびに、戦争は狂気ではあるが、その戦争は人によって起こされる狂気だということを改めて思い知らされる。アメリカ軍がイラク人捕虜に取った行為は、1949年8月ジュネーブ条約第3条の捕虜条約に違反することは間違いないと思われる(ジュネーブ条約とは、戦時の傷病兵や捕虜、文民などの保護を目的に1949年にスイスのジュネーブで結ばれた4つの条約の総称。

 それぞれ

(1)傷病者保護条約―戦地の軍隊の傷病者の状態改善―

(2)難船者保護条約―海上の軍隊の傷病者らの状態改善―

3)捕虜条約―捕虜の待遇―

(4)文民条約―文民保護―

 について規定されている。

 

 捕虜の待遇に関しては、敵の権力内に陥った者を"捕虜"とし、人種や宗教などで差別せず人道的に待遇すると規定している。
 

 人間が戦時のような極限状態に入ると、捕虜虐待のような異常な行動を起こすことは仕方がないことなのだろうか。傍観者も虐待当事者と同等だと扱えば限りなく100%に近い人たちが異常な行動に加担したことになる。

 いろいろな戦争資料を読んでいても、必ず捕虜や文民への虐待は起きている。異常時における加害者たちの正常でない心理状態もわからなくもないが、やはり行動にまで発展してしまうところが恐ろしい。しかし、そのような状態でもまともな人たちがいることは推測できる。ただ、そのまともな人たちさえをも引き込んでしまう何かがあるはずだ。それは目には見えない恐怖からの一時的逃避であり、明日かもしれぬ死を目の前にした恍惚感や陶酔感かもしれない。

 つまり、そういったその場の全体を包み込む雰囲気、そして異常思考を形成させてしまう、まさしく"狂気の空気"なのではないだろうか。恐らくそれが戦争の本質なのだろう。
 

 僕個人のことを言えば、幸いなことに戦時のような異常な状況を加害者としても被害者としても経験したことはない。もちろんこれから先も経験したいとは思わない。完全な平和ボケなのだろうが、明日もまたいい作品が観られればいいと思うのである。