2004年6月13日

 

1943年、第二次世界大戦時のイギリスを舞台にした、

 

エニグマ」<ENIGMA>

監督:マイケル・アプテッド 

主演:ダグレー・スコット/ケイト・ウィンスレット

 

を観た。

 少し入り組んだ男女の恋愛物語とサスペンス的な暗号の解読という2つの話が織り交ぜられた作品で楽しむことができた。僕は暗号解読とういう響きに、なんともサスペンスの薫り高さを感じ、好奇心をそそられたゆえ、この作品を手に取ることとなった。
 二人の女性主人公のうち、最初は決して美人とはいえない女性へスター(ケイト・ウィンスレット)が、主人公である暗号解読員の天才数学者ジェリコ(ダグレー・スコット)に好意を持ちはじめ、それに比例し徐々に美しくなっていく表情やメークはなかなかのものだった。一方、すべての男がふりむくような女性、クレア。もちろん美しい。だが、やはり美しいものにはとげがある。とげが刺さりジェリコの人生は一時暗転してしまうが、それでもそのとげを思い続けている。このジェリコの気持ちもわからなくはないが、もう少ししゃきっとしなさい、と言いたいところだ。そんな、ジェリコに惹かれてしまうへスターも、へスターだ。芯もしっかりしていて、頭も切れる。なんでそんな情けないジェリコに傾いていくんだ、とも言いたくなった。しかし、恋愛には定義も理屈もない。惹かれたのなら、それでいい。定番の答えがないからこそ、男女の仲は永遠のテーマとして扱える。ところで、ラストのあの場面は本当によかった。もし、ジェリコがへスターに対して違う行動を取っていたら、僕にとってこの作品は後味の悪いものとなっていただろう。
 恋愛の話を抜いたこの作品の展開を記せば概略はこうなる、
 時は第二次世界大戦下。かつて10ヶ月もかかりドイツ軍の暗号機エニグマの解読に成功したイギリスのブレッチリー・パークの天才チームは、再び解読にとりかからなくてはならなくなる。それは、かつての暗号コードが突然変更されたからだった。その暗号コードを解読できなければ、連合軍の食物や燃料、武器などの供給物資を載せた141隻もの輸送船団が大西洋上を横断する際に、ドイツ軍の潜水艦Uボートに4日後には撃沈されてしまう。そのためその暗号コードを解くために、謎の美女クレアとの一件で休暇中だったチームリーダーのジェリコが呼び戻される。そして、へスターの協力を得ながらついに暗号解読に成功する。こんなところだ。
 暗号期エニグマの名は英国の作曲家エドワード・エルガーの変奏曲36番 「Enigma」 から取られた。 Enigmaには謎という意味がある。ドイツ軍は、エニグマが絶対に解読されないものとの自信をもっていたのだが、結果としてはイギリスに解読されていた。実話では、チューリングという解読員がドイツのその自信を打ち砕く。しかし、このチューリングはその後、青酸カリを塗ったリンゴをかじって自殺してしまう。
 

 今回の作品のように、エニグマ解読があげた戦果で最大のものは、対Uボート戦だったと言われている。開戦初期、ドイツは多数のUボートを大西洋に出動させ、連合軍の輸送船団を沈めていたため、1942年頃には英米側の船腹損失は毎月七十万トンにのぼっていた。特にイギリスは物資途絶のため降伏寸前にまで追い込まれていく。だが、作品の舞台である1943年になると、イギリスの天才解読員たちによるエニグマ解読により、連合国がUボートの位置を正確に把握することで、航空機でUボートを不意打ちし撃沈することが可能となった。その結果、1943年5月、ドイツは大西洋からすべてのUボートを引き上げざるをえなくなる。1944年6月のノルマンディ上陸作戦でもエニグマ暗号解読は、連合軍の勝利に大いに貢献している。ただこの時点でも、ドイツはエニグマが解読されていたと思っていない。それほどまでエニグマに過信といえるほどの絶対的な自信をもっていたことが、結果としてドイツの敗北へと繋がっていくこととなる。
 英国はエニグマ解読の事実を1970年代に入るまで明かすことはなかった。こんな話も真偽はわからないが伝えられている。英国の首相のチャーチルは、ドイツ空軍の大編隊の爆撃機によってコベントリーの町が無差別空襲を受けた時、、エニグマ解読による情報によってドイツ空軍の空襲を予め知っていたにもかかわらず、エニグマ解読の秘密を守るため、敢えて事前の対策を取らず、コベントリーへの爆撃を黙認した。いかにエニグマ解読による情報入手を重要視していたかがわかる話だ。

 ここからは、暗号の歴史を覗いてみる。調べてみてわかったが、暗号の歴史は古い。
 最古の暗号は、BC19世紀古代エジプト時代の「ヒエログリフ(象形文字)」だ。紀元前1900年頃に建てられたある石碑には、標準以外のヒエログリフを用いたものがある。これが現存する中では最古の暗号文と言われている。
 旧約聖書にも暗号が使われていた(BC5世紀)。その一つがヘブライ語の換字式暗号アトバシュ。この暗号は、文字に番号をつけて最初からの順番と末尾からの順番を入れ替えて作られる。例えば、アルファベット26文字を暗号にする場合には、AをZに、BをYに、というように順番を置き替えて作ることになる。旧約聖書、エレミア書25章26節と51章41節にバビロンという地名がアトバシュ暗号で記載されていると言われている。
 スパルタの暗号(スキュタレーの暗号・BC5世紀)は、古代ギリシャの都市国家スパルタで使われていた、一定の太さの棒(スキュタレー)と革ひもが用いられた暗号だ。革ひもに書かれている言葉にはなんの意味もないようにみられるが、実はその棒に革ひもを巻きつけていくと、ある行に意味を持つ言葉が現れる。
 ポリュビオラスの暗号(BC2世紀)。これは、古代ギリシャの政治家、軍人、歴史家で、暗号にも大きな関心をもっていたポリュビオアスが、文字を数字に変換する暗号を発明したものだ。
 シーザー暗号(BC1世紀)。古代ローマの将軍、ジュリアス・シーザーは、元のアルファベットから文字をある数だけ後にずらして作成する暗号を使用している。。
 16世紀の戦国武将、上杉謙信の軍師だった宇佐美定行が著した越後流兵法書 『武経要略』の中にある「字変四八の奥義」には、暗号の作り方が記されている。これは、いろは48文字を7×7のマス目に書き、1つの文字を行と列の数字で表す暗号だ。
 女王メアリーの暗号(16世紀)と呼ばれるものがある。スコットランド女王であったメアリーは、英国女王エリザベス1世の暗殺と反乱を企てた事件に関与した罪で斬首される。メアリーと共犯者たちは、アルファベットを特別な記号に置き換え、さらに数字やよく使う単語を記号で表すという複雑な暗号を使用し手紙のやりとりをしていたが、イングランド随一の暗号解読者、トマス・フェリペスによって手紙に書かれた暗号は解読され、メアリーの有罪が確定した。
 トリテミウスの多表式暗号(16世紀)は、ドイツの修道僧ヨハネス・トリテミウスが、晩年に暗号解読の研究を行い、独自の多表式暗号を考案したものだ。この暗号では、1行目はAからはじまるアルファベットを、2行目はBから、3行目はCからと1文字ずつずらして記入した26行の表を作成する。もとのメッセージの1文字目は1行目、2文字目は2行目という具合に、ひと文字毎に1行ずらした行を使っ暗号化していき、27文字目以降はまた1行目から使っていく。
 ベルサイユ宮殿を建設したフランスを代表する国王、ルイ14世が、アントワーヌ・ロシニョルとボナヴェントラ・ロシニョル父子に命じて重要文書を暗号化させたものを「ルイ14世の大暗号」(17世紀)と呼ぶ。数百種類の数字を羅列したこの暗号は、この一家を除いて誰も解読することができない史上最強の暗号だったため、「大暗号」と呼ばれたが、200年の時を経て、1890年にフランスの軍人エティエンヌ・バズリーがついに解読に成功する。
 ビール暗号と呼ばれているものがある。1820年頃、ヴァージニア州のあるホテルに宿泊していた旅人トマス・J・ビールは、ホテルの主人と親しくなり、2年後に再びこのホテルを訪れる。彼は鍵のかかった鉄の箱を主人に預け「10年経っても、私か、私の依頼人が引き取りに来ない場合は、この箱を開けてくれ」と言い残して去る。約束の年月が過ぎ彼が現れなかったため、鍵を壊して箱を開けたところ、箱の中から3枚の暗号書と彼が書いた手紙が出てきた。手紙には、彼が発掘した金鉱脈によって手に入れた黄金や宝石など2000万ドル相当を隠したことが書かれており、暗号書の1枚目には宝の隠し場所、2枚目には宝の内容、3枚目には相続者の名前が書いてあるようだった。しかし、どの暗号書も数字が羅列しているだけで、容易に読むことはできなかった。この暗号は、ある文書をまるごと鍵として使って暗号化する「書籍暗号」と呼ばれるもので、第2の暗号書はアメリカの「独立宣言」を鍵として解読することができた。しかし、残り2つの暗号書はどの本を鍵に使ったのか全く分からず、未だ解読されていないため、黄金と宝石は眠ったままと言われている。
 ヴィジュネル暗号(16世紀)と呼ばれているのは、フランスの外交官、ブレーズ・ド・ヴィジュネルにより、、トリテミウスの多表式暗号に 鍵となる文字を使って変換される暗号のことである。この暗号は、鍵によって全く異なった暗号文ができあがるので、万が一換字表が敵の手に渡っても、鍵が分からなければ解読は不可能に近い。
 近代では、ADFGX暗号と呼ばれるものがある。1918年、フランス軍通信部がドイツの無線通信を傍受していると、ある日突然どの通信文も5種類の文字しか登場しなくなる。これがドイツ軍のフリッツ・ナベル大佐が考案したADFGX暗号だった。ADFGXの5文字が使われた理由は、モールス信号で送信する際に、この5文字がいちばん識別しやすいためだった。
 ドイツの発明家アルツール・シェルビウスとその親友のリヒャルト・リッターは、1918年エニグマ暗号機を発明する。暗号の組み合わせは1京(1兆の1万倍)にも上った
 日本では1937年、パープル暗号が開発される。日本の外務省は、海外公館との連絡に「レッド暗号」と「パープル暗号」という暗号を使用した。パープル暗号は海軍技術研究所が開発したもので、日本では「九七式暗号」と呼ばれる。暗号機はプラグボード、切り替えスイッチ、タイプライターの3つのパートで構成された精巧なものだった。しかし、アメリカのフリードマンの指揮する解読班によって1940年にはその原理が見破られ、コードブックも日本総領事館から盗撮され、日本の暗号はアメリカ側に筒抜けになってしまう。
 映画「ウインド・トーカーズ」で描写されているように、第二次世界大戦中、アメリカ軍はアメリカ先住民のナヴァホ族の言葉を暗号として使用する。ナヴァホ族を選んだ理由は、人口5万人程度と比較的多く、人材が豊富であること。ドイツ系のナヴァホ語研究者が皆無で、外部の者でナヴァホ語を理解できる者がほとんどいないこと。そして、発音が難しいため真似られる危険性が少ないからだった。しかし、ナヴァホ語には軍事用語の語彙が少ないため用語集を作成し対応する。ナヴァホ族の暗号要員は、1942年のガダルカナル戦から戦場に投入され、沖縄戦までに400名以上が参戦することとなる。
 第二次大戦中の1943年、イギリスはコロッサスと呼ばれる暗号解読用の電子計算機を完成させ、ドイツの暗号解読に使っている。ヒトラーと将官たちの通信は、エニグマよりもさらに強力なローレンツSZ40暗号機によって暗号化されていた。この暗号を解読するためにコロッサスは開発される。戦後、イギリスは戦時中の秘密を守るためにコロッサスの設計図を焼却し、関係者は固く口止めされ、近年までコロッサスの存在はほとんど知られていなかった。

 既述のように暗号の歴史には、なかなか奥深いものがある。
 では、最後に問題です。

 「39168518」

 この羅列数字を解読してください。答えは次の回に掲載します。