2009年7月29日

 

 訪れたことがない国でも、その国が舞台となっている映画を観ることで、その国の歴史や宗教、伝統、文化、慣習などを知ることができる。その国の現実を把握するこの手法は、ガイドブックよりはるかに有効的な手段だと思える。映画では国民の日常がふんだんに描かれている分だけ、国民性や思想、心情を理解するのに大いに役立つ。
 訪れる際、どのような手法であるにせよ、その国への最低限の知識と理解は必要だろう。その国で起きている現実への知識がないばかりに、冗談では済まされないできごとや事件に巻き込まれてしまう可能性は高い。

「引き裂かれたパスポート」「ミッドナイト・エクスプレス」「ブロークダウン・パレス」「囚われた女」のどの作品も他人事ではないという思いをもって観た。

 

「引き裂かれたパスポート

<PASSPORT TO TERROR>

1988/アメリカ

監督:ルー・アントニオ

主演:リー・レミック 

 

 実話を元にしたトルコが舞台の作品。トルコには「文化財および自然保護法」という法律がある。とくに骨董品の国外持ち出しへの罪は、5年~10年の懲役、または罰金という厳しい罰則が設けられている。たとえ善意・無過失であったとしても逮捕されてしまう可能性のほうが高い。作品は、アメリカ人女性が「文化財および自然保護法」を知らずに、単なるお土産として国外に石を持ち出そうとしたことか始まる。そして、逮捕、収監、保釈、国外脱出までの展開がスリリングに描かれている。

 

ミッドナイト・エクスプレス

<MIDNIGHTEXPRESS>

1978/アメリカ

監督:アラン・パーカー

主演:ブラッド・デイヴィス/ランディ・クエイド 

 

 実話を元にしたトルコが舞台の作品。麻薬不法所持の罪でトルコの刑務所に投獄され、死刑の宣告を受けたアメリカ人青年が、4年後には自由を求めて脱出を図る姿が描かれている。

「ブロークダウン・パレス

<BROKEDOWN PALACE>

1999/アメリカ 

監督: ジョナサン・カプラン

主演:クレア・デインズ 

 

 タイに実在する冤罪者達の逸話がベース。タイのバンコクへ卒業旅行に出かけたアリスとダーリーンは、ヘロイン所持という濡れ衣を着せられ、犯罪者たちがブロークダウン・パレスと呼ぶ刑務所に収監されてしまい、懲役33年の判決を受け絶望する。しかし、バンコクでタイ人の妻と暮らす国外追放されたアメリカ人の弁護士が弁護を引き受け、濡れ衣の全貌を明らかにしていくが、彼女たちがヘロインを持っていたことは事実であるため、裁判の結果は非常に厳しいものとなる冤罪者の悲劇が描かれた作品。

囚われた女

(BANGKOKHILTON)

1989/オーストラリア 

監督:ケン・キャメロン 

主演:ニコール・キッドマンデン 

 

 主人公カトリーナは行方不明の父親を探しにタイを訪れ、身に覚えのないヘロイン密輸の罪を着せられてしまい女刑務所に収監される。しかし諦めないカトリーナは刑務所からの必死の脱出を試みる。脱出方法が非常に派手に展開される作品。

 

 タイを舞台にした2作品は、ヘロイン密輸の濡れ衣という設定だった。タイの薬物犯罪について触れてみる。


 タイでは薬物犯罪には相当厳しい罰が科せられる。ヘロイン、覚せい剤などの第I類麻薬を譲渡目的で製造又は輸出入する行為の法定刑は、死刑のみ。20グラムを超える第I類麻薬の譲渡又は譲渡目的所持の法定刑は、死刑又は無期刑。トルコと同様、他人から中身を知らされずに預かった等の弁解は一切通用せず、販売目的所持として起訴され、重罰(死刑、終身刑、50年の懲役刑等)が科せられる。
 2006年でのタイ国内の外国人受刑者数は約12,500人。麻薬犯が6,048人。国籍別では殆どがミャンマー人の5,913人、日本人は28人。タイの刑法では、死刑相当を司法取引しても終身刑にしかならず、終身刑を恩赦されても懲役40年が限度のようだ。

 次は世界に目を向け、平成20年版「犯罪白書」の「第5章 国外における日本人の犯罪と犯罪被害」の「第1節 国外における日本人の犯罪」を参照してみる。
 在外公館が邦人援護事務を通じて把握した日本人の国外における犯罪状況を見ると、平成19年は482件(前年比8.9%減)、567人(同6.1%減)となっており、内訳は次のようになっている。
 殺人4人、傷害・暴行65人、窃盗37人、詐欺26人、強姦・強制わいせつ19人、銃器等関係法令違反6人、外国為替・関税関係法令違反16人、薬物関係法令違反66人、売・買春20人、出入国・査証95人、道路子通関係法令違反35人、その他93人。
 次に、「第2節 国外における日本人の犯罪被害」を参照する。在外公館が邦人援護事務を通じて把握した日本人の国外における犯罪被害状況を見ると、平成19年は5,692件(前年比8.0%減)、6,220人(同8.4%減)となっており、内訳は次のようになっている。
 殺人19人、強盗425人、傷害・暴行105人、脅迫・恐喝73人、窃盗4535人、詐欺381人、強姦・強制わいせつ36人、誘拐4人、その他114人。
 なお、平成19年の犯罪被害による死亡者数は18人(前年比7人増)、同負傷者数は237人(同26人増)となっている。


 海外で被害者になる可能性が誰にでもあることを考えると、その国に対する予備知識の習得は不可欠となる。映画のような悲惨な状況に追い込まれないためにも、危険地帯や薬物などには絶対近づかないことが最低限の条件となるだろう。ちなみに、僕のタイ駐在の6年半では、一度も危険なめにあったことはなかった。タイ人の部下や友人たちと飲み歩いていたことが、事件に巻き込まれずにすんだ大きな要因となっているのだろう。