2007年7月31日

 

化学物質過敏症に苦しめられる日本人母娘を取材したテレビ番組をみてまもなく、

 

SAFE」<SAFE>

1995/アメリカ 

監督:トッド・ヘインズ 

主演:ジュリアン・ムーア/ザンダー・バークレイ

 

を観た。
 この症状を発症した人の苦悩は大きい。人により発症を誘発する物質は異なるものの、いったん発症してしまうと体調不良を引き起こし、通常の生活を営むことは難しくなる。発症を避けるためには住環境の選定が不可欠となるのだが、化学物質から完全に隔離された場所は非常に限られている。


 映画では、専用施設が舞台となり患者たちの最後の砦となるのだが、テレビ報道では、専用施設への転居ではなく、化学物質が少ないと思われる場所を探してのたびたびの転居だった。化学物質過敏症から逃れるために、母娘が選んだ場所は北海道の利尻島だった。しかし専用施設ではないため、少し離れた隣家からのタバコの煙が母娘を苦しめる。そして微量ではあるが家屋からも化学物質が検出され、めまいや頭痛が起きてしまう。転居には費用がかかる。この母娘の場合は10回近くのたびたびの転居。蓄えにも限界がある。最後の転居と希望を持っての移住のはずだったのだが、希望の光が曇ってしまう。


 「SAFE」も似たような内容ではあったが、決定的に異なっていたのは住環境の選択肢の有無だった。作品の舞台になる専用施設は人里離れたニューメキシコ州にある。ここでは建物に使われる素材には十分な配慮がされている。また、訪れる人たちの車の排気ガスの影響を防ぐため、施設から放れた場所への駐車が定められている。カウンセリングによるメンタルケアも行われる。
 この作品では主婦のキャロルが化学物質過敏症を発症してしまう。しかし、そのような症状が病であるという知識を持たない夫からの理解や協力が得られないため、肉体的、精神的にも症状が悪化していく。そしてキャロルの辿りついた先が、ニューメキシコ州にある専用施設だった。そこでキャロルは、カウンセリングや他の患者たちとの交流や理解により、徐々にではあるが安定を取り戻していき、心に安らぎを取り戻す。


 日本には化学物質過敏症患者が70万~100万人いるといわれているが、診療できる医師は限られているようだ。その結果、「更年期障害」「精神疾患」など、別の疾患として診断されたり、「原因不明」として診断される例も多いと考えられている。
 そもそも化学物質過敏症<日本ではCSとも呼ばれるが、欧米ではMCS(Multiple Chemical Sensitivity=多種類化学物質過敏症の略称のほうが一般的>の病名は、アメリカ・シカゴの開業医であるセロン・G・ランドルフ博士が命名した。

「特定の化学物質に接触し続けていると、あとでわずかなその化学物質に接触するだけで、頭痛などのいろいろの症状が出てくる状態」を化学物質過敏症といい、原因は「微量の化学物質の長期間における体内摂取により、体の耐性の限界を越えてしまったこと」であり、その結果、アレルギーに似た症状や、情緒不安、行動過多、自律神経症害、発汗異常、手足の冷え、易疲労性、精神障害、不眠、不安、うつ状態、不安愁訴、末梢神経症害、のどの痛み、渇き、消化器症害、下痢、便秘、悪心、眼科的障害、結膜の刺激的症状、循環器障害、心悸亢進、免疫障害、皮膚炎、喘息、自己免疫疾患などが誘発される。現在のところ、発症後の症状を抑える方法は薬の処方が難しいことからも、自然療法とならざるを得ない。まさに化学物質から放れた環境こそが治療となる。


 2003年版の環境白書に、「今日、推計で5万種以上の化学物質が流通し、また、わが国において工業用途として届け出られるものだけでも毎年300物質程度の新たな化学物質が市場に投入されています。化学物質の開発・普及は20世紀に入って急速に進んだものであることから、人類や生態系にとって、それらの化学物質に長期間暴露されるという状況は、歴史上、初めて生じているものです」とあるように、夥しい化学物質が跋扈している。そして、アメリカNGOの環境防衛基金『Toxic Ignorance(毒性の無知)』1997年版)によれば、「今日、市場に出回っている化学物質のなかで、量として75%に当たるものについて、基本的な毒性テストの結果すら公開されていない」という報告がなされている。このことからも、現在は発症していない人たちも、新たな化学物質の登場により発症する可能性は否定できない。


 参考までに化学物質過敏症患者が人工に占める割合についての過去の調査例をみてみる。

 カリフォルニア州(1995/1996年調査)<MCSまたは環境病と診断6%/日常的な化学物質に過敏16%>米ニューメキシコ州(1997年調査)<MCSまたは環境病と診断2%/日常的な化学物質に過敏16%>日本全国(2000年調査)<可能性が高い0.74%/可能性がある2.1%>とあるので、率としては異常に高い値と感じた。


 作品でもキャロルの苦悩のひとつに周囲からの無理解が描かれていた。同じ環境に住んでいながらも発症する人しない人がいるという現状があるだけに、まずはこのような症例があることを知ることが大切だろう。最近では、化学物質過敏症のひとつであるシックハウス症候群が諸々の報道により一般にも認知されつつあるので、以前よりは周囲の理解という意味においては変化が起きているのだろうと思うところだが、症状自体の緩和や治癒についての観点からは、自然療法の選択肢が今しばらく続きそうである。